石川直樹(写真家/日本)

写真:浅田政志(写真家/日本)

写真家

石川直樹

1977年、東京生まれ。
東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。
辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている。

「大津で考えた旅の効用」 この20数年間、世界中を旅し続けてきたために、有名な名所を巡る観光旅行というものにあえて行こうという気持ちにならなかった。ガイドブックに掲載されている場所に行くよりもはるかに刺激的な出会いを旅先で次々と経験してしまい、有名な観光地にはよっぽどの理由がない限り、自分からは寄りつこうとしなかった。が、滋賀県大津市内の名所を片端から巡ることになって、そんな考えをあらためようと思った。石山寺、近江神宮、三井寺、浮御堂、西教寺、日吉大社、比叡山延暦寺、そしてびわ湖。ぼくは大津市内を車で巡り、観光地や名所を撮影していった。さらに、比叡山延暦寺の中にある旅館に一泊してじっくり山域を歩いた。山の上からびわ湖を見渡すと、そこが巨大な水源でもあって、古くからこの地に人が住み着いたであろうことは容易に想像できた。湖の周辺に寺社仏閣が残っているということは昔から人が集まっていたわけで、京都が近いということはもとより、この地が非常に豊かな土地であったことを証明している。聞きかじった日本史の知識も市内のあちこちで思い起こされて、パズルの空白を埋めるように自分の中で歴史の情景が鮮やかに動き出すことになった。ネット検索で得られるのは自分の興味のある情報か、そこから連想できる範囲の情報だけだが、旅は違う。検索ではたどりつけない学びをもたらしてくれる。SNSも広いようで狭い世界で、繋がりは強化されても、広がりは弱くなる。ガイドブック片手の観光旅行であっても検索では得られない発見が多くある。そんな当たり前のことを、大津市を巡る短い旅で考えた。まずは歩きだすこと。たったそれだけのことなのに、収穫は思いのほか大きい。大津を旅した今、あらためて声を大にしてそのことを言いたい。