京都東インター 車10分

湖西道路 車10分

和迩インター 車5分

琵琶湖夕景
小野篁神社
参議篁歌碑
漁師の釣舟よ、大海原に多くの島々を目指して漕ぎだしたと都の人に伝えておくれ。
篁は、遣唐副使に任命されました。遣唐使を風刺する詩を作ったことで、隠岐島へ流罪になりました。そのときの詩です。
【小野篁神社】
小野神社の末社で同境内地にあり、小野篁(802-852)を祀っています。小野篁は平安時代の歌人であり政治家です。
境内の木立ちの一隅に、切妻造の本殿がひっそりとたたずんでいます。切妻造の本殿(重文)は、全国的にも少なく非常に珍しいものです。県下では、小野道風神社の本殿と天皇神社の本殿を合わせて、わずか3棟しか残っていません。建立は南北朝時代のころと考えられており、規模は3つの本殿の中でもっとも大きいです。全体的に重量感があり、落ち着いた風格がある建物です。
  • ●所在地:滋賀県大津市小野1961
  • ●お問合せ:077-528-2772(びわ湖大津観光協会)

湖西道路 車5分

真野インター 車15分

琵琶湖夕景
融神社
伊香立風景
陸奥しのぶもぢずりの乱れ模様のように、わたしの心はひどく乱れています。これは誰のせい?あなたより他にいないでしょう。
恋人からの手紙に対しての恋文。
【融神社】
平安時代初期、嵯峨天皇の皇子として生まれた源融とその母・大原全子を祀る神社で大津市伊香立に源融の荘園があったことから、源融を祀る融神社があります。
源融は河原院という邸宅に住んでいたことから河原左大臣とも呼ばれていました。『百人一首』に撰ばれている源融の歌はよく知られています。
平安時代中期、紫式部が執筆した『源氏物語』の主人公・光源氏。源融は“光源氏のモデル”の一人といわれています。
  • ●所在地:滋賀県大津市小野1961
  • ●お問合せ:077-528-2772(びわ湖大津観光協会)

真野インター 車10分

湖西道路 車5分

仰木雄琴インター 車15分

琵琶湖夕景
安楽律院
藤原定家 歌碑
いくら待っても来ない人を待つ私は松帆の浦の夕凪で焼く藻塩のようです。あなたへの思いに身が焦がれています。
いつまでたっても来てはくれない、つれない恋人を待つ姿を、松帆の浦で夕凪時に焼く藻塩と重ねて表現。とても繊細でロマンチックな名歌です。
【安楽律院】
比叡山千日回峰行ゆかりの飯室谷不動堂から徒歩20分のところにあります。
昭和24年放火により焼失。本堂、護摩堂、山門のみが残ります。
藤原定家は比叡山で受戒、出家しました。
その藤原定家の爪を納めた塚や「ふむだにも縁なるてふ此山の土となる身はたのもしきかな」の歌碑があります。
  • ●所在地:滋賀県大津市坂本本町4220
  • ●お問合せ:077-578-2730

仰木雄琴インター 車15分

湖西道路 車5分

坂本北インター 車10分

ケーブル坂本駅 坂本ケーブル8分

坂本盆梅展
ケーブル延暦寺駅付近からの景色
紀貫之墳墓
人のこころはどうでしょうか。昔なじみの古里の梅の花は替わらずに匂っているのに。
春の初め、久しぶりにお寺にお参りに行くと、いつも泊まっていた宿屋の店主が「ご無沙汰でしたね」と嫌みを言いました。
その時、梅の枝を折りながら応えた歌です。
【もたて山】
「古今和歌集」に貫之は比叡山参詣の感激を歌に詠んでいます。また比叡山もたて山には紀貫之の髪と爪を埋めた塚があったと言われ、現在は石碑が残ってます。
塚の場所は坂本ケーブルの「もたて山駅」から南に300mのところにあります。生前、この地から見える琵琶湖の風景をこよなく愛し、没後はここに葬ってほしいと願っていたと伝わっています。
  • ●所在地:滋賀県大津市坂本本町
  • ●お問合せ:077-578-0531(比叡山鉄道)

ケーブル坂本駅 坂本ケーブル3分

ケーブル延暦寺駅 徒歩10分

比叡山延暦寺 不滅法灯
浄土院
伝教大師像
仏の光であり、法華経の教えを表すこの光を、末法の世を乗り越えて後の仏である弥勒如来がお出ましになるまで消えることなくこの比叡山でお守りし、すべての世の中を照らすように。
日本天台宗の祖の歌。
この詩は一乗止観院にご本尊 薬師如来をお祀りされその宝前に不滅の法灯をかかげ詠まれました。
【比叡山延暦寺】
比叡山に広大な寺域を持つ、天台宗の総本山。平成6年に世界文化遺産に登録されています。奈良時代末期、19歳の最澄が、比叡山に登り草庵一乗止観院を結んだのが始まりです。全盛を誇った平安時代末期には、三塔・十六谷・三千坊を数えていたといわれています。
戦国時代に織田信長によって、一山焼き討ちに遭いましたが、豊臣秀吉・徳川家康の手によって復興された諸堂は、数多く国宝・重要文化財の指定を受けており、宝物類も目を見はる物ばかりです。
  • ●所在地:滋賀県大津市坂本本町4220
  • ●お問合せ:077-578-0001
比良山系
根本中堂
慈円 歌碑
身分不相応ではあるが比叡山に住みはじめて、憂き世に住む人々に墨染の衣の袖をおおいかけようと思う。平和を願って
10歳の時に父をなくし13歳で出家。建久三年(1192)以降生涯4度、座主の地位につき、この世の中を仏教で救おうと思い詠いました。
【比叡山延暦寺】
比叡山に広大な寺域を持つ、天台宗の総本山。平成6年に世界文化遺産に登録されています。奈良時代末期、19歳の最澄が、比叡山に登り草庵一乗止観院を結んだのが始まりです。全盛を誇った平安時代末期には、三塔・十六谷・三千坊を数えていたといわれています。
戦国時代に織田信長によって、一山焼き討ちに遭いましたが、豊臣秀吉・徳川家康の手によって復興された諸堂は、数多く国宝・重要文化財の指定を受けており、宝物類も目を見はる物ばかりです。
  • ●所在地:滋賀県大津市坂本本町4220
  • ●お問合せ:077-578-0001

ケーブル延暦寺駅 坂本ケーブル11分

ケーブル坂本駅 徒歩5分

琵琶湖夕景
慈眼堂
和泉式部 供養塔
私は病で間もなく死んでしまいますが、この世の思い出としてもう一度あなたにお逢いしたい。
病気が重くなり死期を悟った折に病床から、恋しい人を想い詠いました。
【慈眼堂】
慶長12年(1607年)から比叡山南光坊に住み、織田信長の比叡山焼き討ち後の復興に尽力した天海の廟所です。 江戸時代初期の禅宗様を基本とする建物で、堂内には木造慈眼大師坐像(国の重要文化財、非公開)が祀られています。 境内には天海によって高島市から当地に移された鵜川四十八体石仏のうちの13体の阿弥陀如来座像のほか、 歴代天台座主の墓、桓武天皇の御骨塔などがあります。
  • ●所在地:滋賀県大津市坂本4-6-1
  • ●お問合せ:077-578-0130(滋賀院門跡)
逢坂の関記念公園
秋の慈眼堂
清少納言 供養塔
夜の明けないうちに鶏の鳴き真似で中国の函谷関は開いても、この逢坂の関は決して開きませんよ。わたしはあなたに会いはしません。
函谷関は中国にある国境の関所で、一番鶏の鳴き声を合図に門を開けていました。この歌はその故事をひいた歌です。
【慈眼堂】
慶長12年(1607年)から比叡山南光坊に住み、織田信長の比叡山焼き討ち後の復興に尽力した天海の廟所です。 江戸時代初期の禅宗様を基本とする建物で、堂内には木造慈眼大師坐像(国の重要文化財、非公開)が祀られています。 境内には天海によって高島市から当地に移された鵜川四十八体石仏のうちの13体の阿弥陀如来座像のほか、 歴代天台座主の墓、桓武天皇の御骨塔などがあります。
  • ●所在地:滋賀県大津市坂本4-6-1
  • ●お問合せ:077-578-0130(滋賀院門跡)

西大津バイパス 車10分

京都東インター 車5時間30分